鉄道と自転車でプチ冒険に出よう

50代から始めた乗り鉄で温泉とご当地マンホールの捕獲を楽しんでいます。女一人旅の旅行記メインのブログです。

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本州の北の果て「龍飛岬」の旅その2 青函トンネルに思いを馳せる

石川さゆりが歌う「津軽海峡冬景色」にも登場する龍飛岬は、津軽半島の先端にあります。岬に立つと津軽海峡の対岸には北海道がもう目の前に見え、津軽海峡の下には日本の最長トンネルである青函トンネルが走っています。龍飛岬は絶景ポイントでもありますが、青函トンネルにまつわる施設もあるので、こちらのエントリではトンネルからみのスポットをご紹介します。実は私、トンネル好きなんです。

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連絡船からトンネルへの移行

青函トンネルができる前は、人も貨物も青函連絡船に乗って津軽海峡を渡っていました。石川さゆりの「津軽海峡冬景色」も、その連絡船からの龍飛岬を歌っていましたね。

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昔は人も貨物も青函連絡船で津軽海峡を渡っていた

船で海峡を渡るには、乗り換えの手間もかかるし、嵐の時には足止めにもなります。1954年には台風で連絡船が沈没し、1000名を超える犠牲者が出る事故もありました。そんなわけで、北海道と本州をトンネルでつなぐことになったのでしょう。

難工事だった青函トンネルをしのぶスポット

青函トンネルは長さ53.85キロの日本一長いトンネルです。1988年の完成以降、2016年にスイスのゴッタルドベーストンネルができるまで、世界最長トンネルでした。建設が決まってから完成するまで27年物歳月を費やしたことからも、難工事だったであろうことは素人の私にも想像がつきます。青函トンネルゆかりの場所が龍飛岬にはあります。

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青函トンネルの工事の歴史

青函トンネル記念館

龍飛岬に行く目的の一つがこの記念館の見学でした。が、2020年は新型コロナの影響で8月下旬に開館したのみで、2020年の営業を終了してしまい、今回の旅では訪問できませんでした。もう一度龍飛岬を訪れる宿題ができてしまいましたよ(笑)。下の写真は、バスの車中から撮影しました。

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青函トンネル記念館 2020年の営業は終了

こちらの記念館では、青函トンネルの工事で使われた斜坑をトロッコで降りて、海面下140mにある坑道を歩くツアーを開催しているのです。トンネル好きには是非体験したいツアーです。

seikan-tunnel-museum.jp

駐車場横の丘の斜面には、ここがトンネル工事の本州側の基地だったことを表す看板がありました。

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ここはトンネル工事の本州側の基地

青函トンネル工事殉職者慰霊碑

トンネル工事では亡くなった方もありました。殉職された方々の慰霊碑も近くにあるので、手を合わせてきました。

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青函トンネル工事殉職者の慰霊碑

今でこそトンネル工事は省力化が進み、工事中の事故も減ったのでしょうけれど、鉄道を支えるトンネル工事には落盤、出水など危険が伴うので、難工事のトンネルの近くにはこうした慰霊碑を見かけます。私が安心して鉄道旅を楽しめるのは、こうした人たちの努力があったからなのですね。

展望台と渡海三角点

慰霊碑の横に「展望台」の標識があったので、行ってみました。

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展望台へ

展望台からは灯台や津軽海峡、日本海を見ることができました。 

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展望台からの景色

 展望台にはこんなコンクリートの柱がありました。案内板によると、渡海三角点というそうです。長大トンネルなので、測量も大変だったようです。確かに地球は丸いので、その丸みを計算してトンネルの図面を描くのは難しそうです。実際に貫通した時の誤差が少ないことには驚き。日本人の土木技術って、本当に素晴らしい。 

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渡海三角点

渡海三角点は展望台以外の場所にもありました。それはホテル竜飛のロビー。

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ホテル竜飛のロビーにある青函トンネルの渡海三角点

足元を見ると、トンネルの測量に使用されていた鋲であることがわかります。

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ホテル竜飛のロビーにある渡海三角点

今回の旅は泊りで出かけたので、こちらのホテルに宿泊しました。ホテルの真下を新幹線が通っていて、新幹線が通過する時にはロビーの照明が7色に変わってお知らせしてくれるのですが、私は外出していたりお風呂に入っていたりで、タイミングがあいませんでした。

今回はGoToキャンペーン利用で行ったので、地域共通クーポンが出たので、記念にホテルの売店で青函トンネルのTシャツ買っちゃいました。

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青函トンネルのTシャツ

旅の前の予習には

龍飛岬を訪れる前に、青函トンネル工事の予習をしてから出かけるのも良いと思います。私が読んだり鑑賞した映画をご紹介します。

書籍

その名もずばり「青函トンネル物語」。トンネルの本坑を掘るために先に掘り進める先進導功の完成までが記されています。北海道の吉岡側にくらべ、本州の龍飛は人家もまばらで、宿舎の建設、冬の強風対策、宿舎建設などの苦労についても触れられています。

続いて「鉄道とトンネル」。なぜかリンクがうまく機能しないので、実物の本の写真を掲載しました。こちらの本では青函トンネルだけでなく、日本を代表するトンネルについても紹介されています。先人たちの苦労と業績のおかげで、鉄道旅を楽しめるんだなーと思います。紹介されているトンネルに足を運びたくなりますし、実査し足を運んだトンネルもあります。

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鉄道とトンネル

「トンネルものがたり」はトンネルの歴史も含め、日本以外のトンネルについても紹介されています。表紙に「技術のあゆみ」とありますが、読みやすく書かれていました。著者のお名前の中に「横山章氏」がいます。最初に紹介した「青函トンネル物語」の中で『昭和41年4月に竜飛鉄道建設所長として横山章が赴任した』(p112)とあるので、もしかしたら同一人物なのかもしれません。

映画は「海峡」で決まり!

映画はもうこれでしょう。東宝創立50周年記念作品です。高倉健さんが主人公のトンネル男を演じ、健さんに命を助けられて以降、ずっと健さんを慕う役柄を吉永小百合さんが演じています。登場人物や場面設定がどこまで事実に基づいているのかわかりませんが、健さんの役柄は京大で地質学を研究した後、国鉄に入った技術者です。先ほど紹介した「青函トンネル物語」の中にそのような経歴の持田豊氏(p56)という人物がいます。のちに計画課長になっている持田氏は、もしかしたら健さんのモデルかもしれません。

movies.yahoo.co.jp

この映画は先進導坑完成までを描いて、1982年に公開されました。映画の最後には先進導坑貫通を喜ぶシーンが出てきますが、実際に先進導坑が完成したのは1983年なんですよ。

おまけ

「青函トンネル物語」の最後にはおもしろいエピソードがありました。トンネル完成式典の来賓として、海峡でトンネル男の健さんを慕う女性を演じた吉永小百合さんがお祝いのスピーチをされたんだとか。トンネル工事は長らく女人禁制だったので、おそらくこの式典に参加していたのは男性ばかり。だとすれば、健さんよりは吉永小百合さんにスピーチしてもらいたかったのかなぁ・・・などと思ったのでした。

まとめ

トンネルは掘る場所によっては、とても苦労するものの、完成してしまうと、どのトンネルも同じに見えてしまいます。旅人にとっては外の景色も見えず、トンネルごとの個性もわからず、その苦労を知る機会はほとんどないのですが、日本を陸路で旅するにはトンネルがなくては旅ができません。なのでトンネルに入った時に「ちぇっ、またトンネルか。景色が見えなくてつまらない」などと思わずに、工事関係者の皆様に感謝しながら通りたいと思います。今回訪問できなかった青函トンネル記念館は再開したら是非行こうと思います。

なおトンネル以外の龍飛岬の見どころはこちらにまとめました。泊りで出かけたおかげで、龍飛岬から素晴らしい夕焼けも楽しめました。 

www.frostmoonweb.com

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