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田辺朔郎氏の偉業を訪ねて。石北本線の旅その1 網走から北見まで

琵琶湖疏水という明治初期の一大土木事業に23歳の若さで工事責任者としてかかわった田辺朔郎氏。田村喜子さんの著書「京都インクライン物語」で田辺朔郎氏の偉業を知りました。当時の日本の土木事業は海外からのお雇い外国人技師の指導のもとに行われていましたが、田辺氏は日本の技術者のみで琵琶湖疏水工事を完成させました。また琵琶湖疏水第一トンネルは、当時日本では最長のトンネルでした。田辺氏はその後トンネルの神様とも呼ばれています。田村喜子さんの著書がとても面白かったので、次に「北海道浪漫鉄道」を読み、ここでも田辺氏が活躍していたことをしりました。琵琶湖疏水に続き、田辺朔郎氏の偉業を訪ねて北海道の鉄道旅に出かけたくなり、旭川と網走を結ぶ「石北線」乗車の旅に行ってきたので、田辺氏の偉業を振り返りつつ旅を紹介します。

田辺朔郎氏と北海道の鉄道路線

琵琶湖疏水工事完成の後、田辺朔郎氏は東京大学工学部(当時は帝国大学工科大学)の教授になりましたが、明治27年、田辺氏の岳父であり北海道長官の北垣国道氏の依頼を受け、6年間勤務した東京大学工学部教授の椅子を捨て、北海道の1600キロに及ぶ鉄道網敷設の大任を帯びて北海道へ渡り、北海道でも大きな功績を残しました。

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京都インクライン横にたつ田辺朔郎氏の銅像

明治中期の北海道は開拓途上。石炭を運ぶための私設の鉄道がわずかに走る土地でした。鉄道がない土地に住む人々は不便な生活を強いられていましたが、鉄道はこうした人々に豊かな生活をもたらすことができます。一方で未開の土地に鉄道を敷設するのは簡単なことではありません。鉄道敷設ルートの調査に出た田辺氏一行を待ち受けていたのは、蚊虻の大群。想像しただけでも恐ろしい光景です。時には熊や狼にも警戒しながらクマザサが生い茂った道なき道を進んだり、ダイヤモンドダストが見られるほどの寒さの中を踏査するのは想像を絶する作業だったでしょう。けれど、不便な生活を強いられている人に豊かな生活を届けたいという田辺氏の信念は折れることなく、北海道の鉄道路線を開拓しました。

田辺氏が開拓した北海道の鉄道路線はいくつかあり、中でもハイライトは旭川から十勝に抜ける根室本線のルート開拓でしょう。日本三大車窓の一つ「狩勝峠」の名付け親は田辺朔郎氏です。今は根室本線のルートはその後変更され、長いトンネルで峠を越えてしまうので、今は狩勝峠からの車窓を楽しむことはできなくなりましたが、かつての大カーブなどを見るポイントもあり、車で行ってもなかなか楽しめました。私は狩勝峠を2022年に訪れています。

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今回は田辺氏が北見道路を通って遠軽に出る途中に立ち寄った「天幕三次郎」とのエピソードが心に残り、石北本線に乗ってみました。

石北本線はこんな路線

北海道のまんなか、旭川とオホーツク海側の網走を結ぶ路線が石北本線です。正確には新旭川駅が起点ですが、すべての列車が旭川から発着するので、ここでは旭川と網走の間、237.7キロを石北本線としています。

今でこそ旭川と網走を結ぶ鉄路は現在の石北本線のみですが、北海道の鉄道全盛期には旭川から北見峠を抜け、遠軽からオホーツク海側の湧別に出てオホーツク海沿いのルートを通って網走にでるルートもありました。遠軽から湧別に向かう路線は田辺朔郎氏が踏査したルートですが、今はすでに廃線となっていて、その名残が遠軽駅でのスイッチバックに残っているように感じました。

北海道の他の路線と同じく、どんどんと乗客が減り、廃止される駅も増え、走る列車の本数も少ない路線の一つなので、いつ廃線になるか心配です。 JR北海道が2016年に発表している「当社単独では維持することが困難な線区 について」の中にも輸送密度200人以上2000人以下の路線として登場しています。

https://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/161215-5.pdf

石北線は貨物列車も走行していて、設備の維持管理に費用がかかるわりに、乗客数が減ってきているのでしょう。「大雪」「オホーツク」という名の特急も走っていますが、老朽化してきているように思います。深い山間を走るので、台風などの災害の時に被害を受けることもあり、そういう時には運休を強いられることもある路線です。

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石北線は貨物列車も走る

そんな路線なので、乗るなら早いうちにと思い出かけました。今回は網走から旭川へ向かう上り列車に乗りました。

上空から田辺氏がたどったルートを眺める

東京から鉄道を乗り継いで網走に行くことはできますが、かな~り時間を要しますので、北海道までは飛行機で移動。網走駅の最寄り空港は女満別航空です。羽田からはAirdo(ANA系)とJALがともに飛んでいます。今回はANAのマイルがたまっていたのでAirdoで女満別に向かいました。なので飛行機代は往復ともタダでした。

途中、上空からは田辺朔郎氏が調査したルートを見ることができました。まずは襟裳岬。田辺朔郎氏の北海道鉄道網調査の際、この襟裳岬を通っています。「北海道浪漫鉄道」の中で著者の田村喜子さんは「日高山脈がそのまま海へ突っ込んだ形の襟裳岬」と書いていましたが、なるほどそのように見えました。

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襟裳岬上空

今では車で難なくアクセスできるようですが、当時日高山脈を越えるルートはなく、十勝から石狩へ徒歩で抜けるには、見上げるような断崖絶壁にへばりつきながら歩くしかなかったそうです。田辺朔郎氏もここを通り、様似に抜け、日高本線のルートを通り札幌に戻ったのでした。

やがて右手には斜里岳が見えてきます。

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斜里岳が見えてきた

田辺朔郎氏は網走から海岸線に線路を選定し、斜里まで延長し、斜里から内陸部に右折するルートを選んでいます。「北海道浪漫鉄道」の中では「そのあたりの海岸線は左の方へきれいな弧を描く砂浜で、知床の山々が遠くかすんで見えた」と記されていて、まさにこんな景色だったのかなぁ、と思いました。 

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左の方へ弧を描く海岸線

もう廃線になってしまったけれど、網走よりさらに北にある湧別からサロマ湖・能取湖の内陸側を通る路線がありました。ここも田辺朔郎氏が調査したルートです。

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能取湖上空、奥にサロマ湖

羽田を11:15に出発したAirdoは定刻の13:00に女満別空港に到着しました。この日は北見に宿をとってあるので、女満別空港から北見行きのバスに乗れば早いのですが、旅の目的が石北線に乗ることだったので、わざわざ網走駅に向かいました。北見行きも網走行きも、飛行機の到着に合わせてバスが出ています。空港から網走までは時刻表通りだと30分くらいかかりますが、道路が空いていて20分くらいでつきました。運賃は920円でした。

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空港玄関前①から網走行きバスが発車

網走駅

網走と言うと、網走刑務所が思い浮かびます。なぜこんなに有名になったのか?高倉健さん主演の「網走番外地」のせいかな?田辺朔郎氏は北海道鉄道敷設に大きな貢献をしましたが、北海道開拓は網走刑務所の囚人を始め、北海道に収監されていた囚人の力なくしては進まなかった悲しい歴史もありました。

で、網走駅はこちら。 縦書きの看板と言い、ブロックの感じと言い、なんとなく網走刑務所を連想するデザインのように見えるのは私だけでしょうか。

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網走駅

 バスの車窓から見えた現在の網走刑務所はこちらなのですが、似てますよね。

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バスの車窓から見えた網走刑務所

ご丁寧に記念撮影用のセットも。 

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網走駅記念撮影用監獄セット

 格子の中からの眺めはこんな感じでした。 

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監獄の中の気分?

駅前には東横インとルートインという2大駅前ビジネスホテルが建っていて、宿泊には困らなそうです。閑散とした雰囲気の駅前なので、それほどたくさんの宿泊客がいるように思えませんが、流氷の時期などはお客さんがいるのかな?

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駅前には東横インとルートイン

今回の私の旅では、旭川までの石北線内は普通列車と快速で移動しますが、旭川から札幌までは特急を利用するので、特急券・指定席券をえきねっとで予約してありました。網走駅にはえきねっとの受け取り端末があるので、こちらで特急券・指定席券を受けとりました。

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端末で予約済の特急券などを受け取れる

駅の待合室には「キッチン モリヤ」が併設されていて、メニューを見るとオムライスとかカレーとか書いてあるので、おなかを満たすこともできそうです。私は今回利用せずでした。

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キッチン モリヤ

網走から北見まで。途中で満員になるハプニング

では乗車しましょう。石北線の駅は列車ごとの改札で、いつもホームに入れるわけではありません。出発の10分くらい前になると構内アナウンスで「今から〇〇時発××行の改札を始めます」と教えてくれますので、それまでは待合室で待つことになります。そんなわけで車両が入線してくるところとかは撮影できないんですよ。私が乗ったは14:32発の西留辺蘂行普通列車です。2両編成でした。

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西留辺蘂行の普通列車

石北線は非電化路線なので、気動車が走っています。旭川に向けて山間を走るので、気動車のたくましいエンジン音が楽しめます。西留辺蘂行はキハ40でした。

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キハ40

車内は一部ロングシートがありますが、ほぼボックスシートです。各ボックスを1人で占有できる程度の乗客数でした。が、この後北見の手前で満員になるという大変なことになりました。

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車内

北海道らしく、窓は二重窓です。

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網走駅を出たあと、網走湖付近で線路は左に曲がります。右手には網走湖が広がり眺めの良い区間がさっそく現れます。

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網走湖

網走湖付近を走っていたのは14:40くらいなのですが、もうすっかり夕方の景色ですよね。11月29日に乗りましたが、高緯度の北海道らしく、日没の時間が早いのです。16時前には日没となってしまうんですね。

こちらは西女満別駅。女満別空港まで歩いていけなくもない距離にある駅で、他の方のブログで「西女満別駅から女満別航空まで歩いて行けるか?」みたいな記事を見かけていたので、実はこの駅にお目にかかるのを楽しみにしていました。なるほど、確かに空港の最寄り駅というイメージからほど遠い、むしろ秘境駅のような趣でした。

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西女満別駅

いつの間にか線路の両脇は林。期待していた石北線の景色になってきました。これで雪がもっとあったら私のイメージする石北線なんだよな~などと思いながら乗っていました。

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林の中を進む石北線

この後、美幌、緋牛内と順に停車して北見に向かいます。北見の2つ手前の駅「愛し野駅」という、サザンの曲と間違えそうな素敵な名前の駅で驚くべき事態が発生。ホーム上に入りきれないほどのお客さんがいるんです。黒山の人だかりとはこのことかと思う光景。高校生のようです。2両編成の車内はガラガラでしたが、運転士さんが「乗り切れない方がいますので、もっと奥まで詰めてください」とアナウンスするほど。でもね、ボックス席に先客が一人でもいると、この生徒たちはボックス席に座らず通路に立ったままなんです。それではいくらつめてもしれています。知らない他人と袖すり合うのは嫌なお年頃なのでしょうけれど、乗れない人がいるというのに誰も座ろうとしないというのはいかがなものでしょうか。山手線のように1本見送っても次がすぐ来る路線ではないのですから。ちょっと残念な光景を見てしまいましたが、なんとか全員乗せきり、数分遅れで「愛し野駅」を出発し、次の「柏陽駅」で多少の乗り降りがあったのち、「北見駅」ではこの生徒たちを含めてほとんどが下車。改札に向かう階段は人の波で、とてもJR北海道が単独では維持困難な路線にこの時だけは見えませんでした。通学の足なんでしょうね。

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混雑していた石北線

北見に着いたのは15:42分。もう夕闇が迫っておりました。

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16時前なのにすでに夜の気配の北見駅

北見から先の旅路の様子はまた次回。この日は上空から田辺朔郎氏のたどった道を眺められたのが収穫でした。 

ここまでのまとめ

北海道の冬は本当に日暮れが早くて驚きでした。北見に到着したのは16時前だったので、実はこの後、歩いて15分ほどの場所にマンホールカードをもらいに行こうと思っていたのですが、ホテルにチェックインしたらとっぷり日は暮れてすでに夜。見知らぬ町を暗い中15分歩いて行くのは安全面からも好ましくないと思い、翌日の朝出かけることにしました。冬に北海道を旅される方は日没時間に要注意です。

なお、田辺朔郎氏が大学を卒業し23歳の若さで工事責任者となった琵琶湖疏水では、「びわ湖疏水船」という船で水路を楽しむことができます。その情報は以下2つのエントリで紹介しています。 絶景水路ですよ。

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